Project 6
ネウマ譜の由来

ネウマ譜とは、メロディーの動きを目で見えるように曲線や点をつかって表すもので、代表的なものとしては、グレゴリウス聖歌の表示法として知られている。ネウマの由来は、「合図」「身振り」などを現わすギリシア語のネウマ(υενμα)からきている、と考えられているが、ここではギリシャ語のプネウマ(πνευμα)から来ているのではないか、という仮説を紹介したい。


<今日の認識>
ネウマ譜は旋律の動きや奏法等を図式的に記号化したもので、時代や地域により各種ある(WooL/lab「音楽の可視化と記譜」)という。参考に、下記「第2章 西洋の楽譜の歴史」 1.グレゴリオ聖歌とネウマ譜の解説をそのまま紹介しよう。

ネウマは、ギリシアの文字譜のようにやはり、歌詞の上に施され、その形状で、音の移動の度合を現わす独自の記号体系である。その記号は、話す時の手ぶりを模式化した古代ギリシアの文法アクセント記号からきているという説が有力であるが、この記譜法が、いつ、どこで、どのような人達によって発明されたのかということについては、まったく分かっていない。現在知られている最古のネウマ譜は9世紀のものであり、この時期において、聖歌を記譜するという習慣が生まれたとするのが、定説となっている」

ここでいう最古のネウマ譜というのは、おそらくザンクト・ガレンの写本のことを指すと思われる。具体的にどのような記号が用いられたか、またその発展のついては、楽典(音楽通論)No.2を参照してほしい。そして、この記譜法の確立はイタリアのカトリックの修道士、グィード・ダレッツオ(Guido d'Arezzo 992?-1050)によって成立したといわれる。現在でも、ローマ・カトリック教会のグレゴリオ聖歌は、角形ネウマによって記譜されている(中世の音楽)。

<プネウマの背景>
さて、ギリシャ語のプネウマ = πνευμα(Pneuma)は、さまざまな文脈で「精気、気息、息吹き、生命、精神 、心、呼吸、魂、風 」など、いろいろな訳語があてられる。
各言語でのそれぞれの該当訳語としては、

Spiritus (ラテン語)、Spirit (英語)、 Spirito (イタリア語)、Esprit (フランス語)、Geist(ドイツ語)、 prana(サンスクリットの息)、ruach(ヘブライ語の息、創造)、ruh(アラビア語の風)

などがあげられるが、いずれも魂を形成する物質、神聖なるもの、という概念が暗示されている。
キリスト教の文脈では、三位一体の 「聖霊(Saint Spirit)」や「霊」として、聖書の中で生命を与えるもの、命の源として次のように語られている。

神は粘土で人形を創って、その鼻に自分の霊、息吹き、命を吹きかけました。人形は人間に変わりました。(創世記2・7)

聖霊は命を与え、生かします。イエスは最後の晩餐の時に言われました。「父は弁護者を遣わす」(ヨハネ14・16)。

古代ギリシア医学ではプネウマは熱くて湿っている気体状の存在をいい、ミレトス三大哲人のアナクシメネス(Anaximenes/前546年頃))は「空気(pneuma)」は、命の元である魂の役割も担っており、「空気である我々の魂が我々を統括するように包むように、宇宙の全体を息と空気<空気と息は同義語と言われているのであるから>が包んでいる」と述べている。
解剖・生理学的な観察に基づいて、気(pneuma; spirit)を生命の元とする説を唱えたのが、小アジアの Pergamon に生まれたガレノス(Galen 129-200 A.D.?)であった。そして、人は17世紀まで、この奇妙な説(galenist doctrine)を信じ続けたのである(ガノレスの霊気説)。(ガノレスは動物が生きていくためには三つの精気が必要であると考えた.肺を通して空気中からとりこんだ生命精気,この生命精気から脳でつくられる動物精気,さらに肝臓で血液からつくられる自然精気であり、その説はヒポクラテスの流れを汲む.)

西洋のみならず、こうした「気」を生命力の一種とみなす傾向は、中国などでも古くからみられるものである。(中国の神秘思想「気」「気」 概論  古代中国の文献を通して  平井良昌合気道開祖植芝盛平翁による天地和合の理)この事実は、西洋と東洋の文化交流という視点の外にたって見たほうが興味深いのかもしれない。


<プネウマの上昇と下降>
ここで、プネウマがこれまで上昇・下降という言葉と深く結びついて表されたきた、という背景を強調しておく必要があるだろう。それは、本来的には魂・生命力の上昇、下降であったわけだが、それが次第に拡大して使用されるようになったのだ。その名残りの例は、下記「スピリトス Spiritus とプネウマ Pneuma 」を参照して欲しい。

「蒸留酒が「スピリット」と呼ばれるのは、蒸留アルコールが中世錬金術の文脈でもともとは活性の塩類を指した Spiritus と混同されたからです。生理学の分野では、「気分がハイになる」や「ローになる」という表現が現代人に親しまれていますが、それは、「霊魂」 anima の「道具」となって生理現象をつかさどると考えられた体内のスピリトゥスが上昇したり下降する状態を指しています。 」

これまで、ネウマの由来は、ギリシャ語のネウマ(υενμα=
「合図」「身振り」)というのが定説だが、pneumaはフランス語でPの発音は省略されること、賛美歌という聖なる歌の楽譜につける記号は、その歌(声という身体から発せられる息の上下)を示すために記されたものであることから、ギリシャ語のプネウマ ( πνευμα)を由来とするほうが妥当だと思われる。

最後になるが、今日の文脈でも、「楽譜では本来のスピリットは表せない」という下記の文をご紹介しておきたい。

「息づかい<スピリット>」は楽譜では表せない

 楽譜は便利ですが、どんなに精緻に表記しても、生きた祈りとして実際に歌われている歌を息づかいに至るまでは表せません。そして「息づかい」こそが聖歌の真髄です。正教会は、そこは、私たちの祈りを導く聖神(せいしん,、聖霊)く「スピリット」原義は<息>)に委ね、人間による表記を断念します。

その他参考URL:



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